1月21日:間取り図を見て思うこと

間取り図を見るのがすきだ。ワンルーム、1K、1DK、2DKに2LDK、広々とした3LDKやどーんとリッチな5LDK。たまにSがついたりして、もうなんのこっちゃとなっていく。

自分の生活スタイルとはまったく違う間取りを見て、想像するのもだいすきだ。どんな人が暮らすかな、どんな日々を送るかな。どうかどうか幸せであれ、居心地のいい家であれ。

道を歩いている人たち、それぞれ帰る場所があるといいと願う。きっとすべての人が、安心して帰れる家があるわけでない。帰りたくない家もあるだろう、逃げ出したい家もあるだろう。神経をすり減らして、怖がって、おびえて、どうにか日々を生き抜いている人もいるだろう。

全員が楽しい食事をとり、ぐっすり眠れるわけではない。知っている。だけどそれでも夢見がちに、いつかすべての人たちが、心をほどける家にたどり着いてほしいと思う。家は休息所で、避難所だ。外の世界で傷ついた体や心を、ゆったり休ませる場所だ。そうであってほしい。

一緒に住めない人があぶり出されたとしても、ときには縁を切っても、なによりも自分を守ってくれる居場所をどうにかこうにか見つけ出してほしい。他人事だ、結局は。わたしはいま安心して暮らせる家でこれを書いている。なにかに脅かされる恐怖と戦わずに眠れるし、ビクビクせずに食事ができる。安全圏からの言葉で、うっとうしいなと思う人もいるだろう。

それでも願う。せめて家の中だけは、おびえずに過ごせますように。いま自分を傷つけるだけの家に囚われている人も、どうかこの先で、自分を守ってくれる家との出会いがありますように。怖がらずに眠れる夜がありますように。家だけは、家の中だけは。自分の味方でありますように。