わたしたちと部屋の話

来月、引っ越しが決まった。3年半暮らした2DKのマンションとも、あと少しでお別れだ。3年半。長かったような、短かったような。

わかっているのは、引っ越しはわたしの中でとても楽しみな予定だということ。そして、その楽しみな気持ちと同じくらいの分量で、この部屋から離れるのがとても寂しいということ。

いま夫である人が、まだ恋人だったときに、わたしたちはこの部屋で同棲を始めた。食べる部屋と眠る部屋。それぞれわけられる間取り。ひとりが眠っていても、もうひとりは気にせずテレビを見られる間取り。

暮らしやすい2DKは、空間を区切る扉を開ければ1LDKにもなった。わたしたちの生活に合わせて部屋は変化して、気持ちよくわたしたちをサポートしてくれた。

あぁ、本当に一度でいいから、部屋と話すことができたなら。わたしたちはどんな住人だったでしょうか。去ることを寂しいと思ってもらえるほど、いい住人だったでしょうか。それとも、はやく出て行ってくれと願うくらいに、いやな住人だったでしょうか。

わたしは料理担当だったから、言われるなら「キッチンをたくさん使ってくれてありがとう」? いいや、「もう少しきれいにキッチンを使ってよ」? わたしの予想は後者です。いつも油まみれにして、たっぷり汚してごめんなさいね。3くちのガスコンロと広い調理スペース。とても使いやすいキッチンだったから、つい気分が高まって、あれこれ作ってはあなたを汚してしまった。

夫は掃除担当だったから、きっといい言葉をもらえるでしょう。「いつもきれいにしてくれてありがとう」。うん、その言葉が似合うくらい、夫はあなたをきれいにしていたと思う。細かなところも見逃さずに、ゴシゴシ、ワシワシ、キュッキュと。ピカピカにしていたでしょう? わたしはたまに手伝うくらいだったけど、きれいなあなたの姿を人一倍喜んではいましたよ。

わたしたちのすべてをあなたは知っている。楽しく笑いあった日も、喧嘩をして別々の空間にツンと引きこもった日も、さめざめ泣いた日も。あなたの中でわたしたちは感情をあらわにして、それはそれはのびのびと暮らしました。

今までありがとうと、その言葉だけを送ってさよならはあまりにも薄情な気がするけれど、部屋とのお別れをそれしか知らないのでどうぞ勘弁してくださいね。せめてここから去る日は、あなたをもっともっとピカピカにしてみせるから。

あぁ、寂しいですね。離れたくないなぁと思います。ここにわたしたちが暮らしていたことは、誰にもわからないようになってしまうから。次の出会いのためにね。

気持ちよく暮らしてくれる方との縁が、あなたにありますように。気持ちよくというのは、あなたにとっても、住人にとっても。空っぽのままはもっと寂しいから、新しい個性があふれる部屋に生まれ変わることを願っています。

とはいえまだ数週間、ここでの暮らしは続きます。どうか最後までよろしくね。残りわずかではありますが、笑ったり泣いたり怒ったり、まだまだすると思いますので。

高橋愛ちゃんに助けられた日

今朝はいつも通り布団からなかなか出られない朝で、(今日はなにもしない1日になりそうだ)と1日の始まりにしみじみ思った。案の定そこから2時間はツイッターをぼんやり眺めたり、漫画アプリで1話無料の漫画をひたすら読んだりして過ごした。

だんだんお腹が空いてきたので、ウーバーイーツでバーガーキングのチーズバーガーセットを頼んだ。疲れた。メニューを決めるだけで体力を使う。お届けしましたの通知を受けて玄関にハンバーガーを取りに行った時点で、(もうこれで今日の体力を使い果たしたな)とチーズバーガーとポテトをモグモグ食べながら思った。

思っていたら、そんなことはなかった。

ふと見始めたゴマキYouTubeチャンネルに踊ってみた動画がアップされていて、あら、ゴマキ踊ってくれたのうれし〜いと思いながら気軽に見始めたらキレッキレなダンスに心を打たれて、あれよあれよとモーニング娘。の動画を次々再生し、いつのまにか脳がトロトロになるくらい見入っていた。

かっこよ!!!!かっこよすぎる。憧れの果てに存在する孤高のアイドルたち。揺れる髪まで美しいとはどういうことなの。汗でおでこに張りつく前髪になりたい。

なっちの愛らしさにキュンとして、辻ちゃん加護ちゃんのコンビにニコニコになり、ゴマキのカリスマ性に心臓を掴まれ、よっしーのイケメンっぷりにメロメロになり、中澤さんのこぶしのある歌声にハッとして、やぐっちゃんのパワフルなダンスに元気をもらい、かおりんのしなやかな動きに感動し、けいちゃんの安定感に頷いて、りかちゃんの演技力に引き込まれていた子ども時代。

さらにさゆみんのふわふわピュアな笑顔に癒されて、れいなちゃんの自分を持った強さに励まされ、あぁあぁそうだったこんな気持ちでモーニング娘。を見ていたなぁ......と思っていたら愛ちゃん???!!高橋愛ちゃん!!!!

ロングヘアのかわいい高橋愛ちゃんのイメージだったのが、ショートカットのキレキレダンスの愛ちゃんに!!!あららららら!!!!

愛ちゃんのかっこよさにスイッチをバチン!!とオンにされ、気づいたら愛ちゃんが歌って踊る映像をテレビで流しながらリビングでわたしも一緒に踊っていた。さっきまで布団の中でウダウダしていた人間とは思えない。体の奥からドルンドルンとエネルギーを入れてもらっているようだった。マグマのような力を体の奥底から感じる。これが愛ちゃんパワー。

パジャマを脱ぎ捨て着圧タイツを履き、コルセットを巻き、日焼け止めを塗ってカーテンを全開にして、(わたしは彼女たちのバックダンサーよ......)と思いながら踊りまくった。最高の有酸素運動

ついでに美意識にも火がつき、ホワイトニングをしようと歯医者でマウスピースと薬剤を買ったはいいものの(歯になんかついてる不快感がムリ)と1ヶ月以上放置していたマウスピースをすちゃりと装着した。すごい。アイドルは人間にマウスピースをはめさせる力を持つ。

きれいになりたいと思った。なぜならわたしは彼女たちのバックダンサーだから(想像上の)。彼女たちの流す汗のひとさじくらいは、無意識に生活をサボっているわたしでも努力できるかもしれない。いや、しなくてはいけない。なぜならわたしは彼女たちのバックダンサーだから(想像上の)。

いまはダンスの休憩中にこれを書いている。体力が回復してきたので、そろそろまた踊ろうと思う。がんばるぞ。彼女たちに恥じないように、わたしも笑顔で踊るのだ。

キレイなものたち

今日はお腹がじくじくいたくて、やらなきゃいけないことだけをえいしょとこなして、そのほかはお布団の中で丸まって過ごした。

いたいなぁと思いながら体を抱えていると、なんだか自分が繭の中にいるみたいで、なにかに守られているみたいで、だけど少しだけ寂しかった。それはやっぱりひとりだから。そばにはだれもいなくて、ねぇと話しかけることもできなかったから。さびしいなぁ、と思いながら体をさらにくくくと丸めた。

きっと、寂しいからこそ浮かんでくるキレイなものもあるよなぁ。そんなことを思う。寂しい気持ちにならないと思い出せないものたち。受け止められないものたち。

ひとりでぼんやり見つめるカーテンから漏れ出る光。お腹がすいたなぁと思いながら想像するやさしい味。寂しいからこそ感じた気持ちを布団の中であれこれ思い出す。ひとりだから気づいたどこかツンとした風のにおい、空気の中にあるトゲ、その中で揺れる他人の家の光。歩くたびにやけにうるさい足音、確かにそこにいる自分。

いたいなぁと思いながら、お腹を守るように背中をさらに丸めながら、寂しさの中で見つけたキレイなものたちをちゃんと思い出せたことがうれしかった。たくさん眠ろう。今度はうれしさや楽しさの中にあるキレイなものを見つけられるように。

呪いの言葉なんて踏みつけてポイよ

まじのお話。

自分の可能性や居場所をひとつだけに絞って逃げ道をなくしてしまうことの恐ろしさ。どれだけ苦しくても悲しくてもつらくてもその場を離れられないなんて生き地獄でしょう。

本当はどこにだって行っていいし、なにをしてもいいし、誰と話しても話さなくてもいいのに、「わたしの居場所はここだけ」と周りの世界を塗りつぶしてせまいせまい世界で生きるしかないなんて。そんなことないよぜったい。

きっとそこには呪いの言葉があるんだと思う。「あなたは本当にダメな子だね」とか。「なんにもできないんだから」とか。「人よりがんばらないと追いつけないよ」とか。「ここをやめたらどこでもやっていけないよ」とか。「社会を知ったらそんなこと言えないから」とか。「もう少し大人になりなよ」とか。ねぇ、いろいろ言われてきたんでしょうきっと。

はぁ??????って思うよね。おまえなに???っていう。正しいことを言っている顔を作るのだけは得意のようだけど言葉はスッカスカで、その空っぽの言葉で人様の人生をコントロールしようとするなんてなにさま????

なにを言われてもそれは目の前のひとりの人間から発せられた言葉でしかなくて、まるで人類の代弁者のような顔をしていたとしてもそんなはずはない。たったひとりの言葉。呪いになるには十分だけど、それを呪いとして刻み込むかどうかを決める権利は本来自分にあるはずだよ。

「はぁ??ずいぶん偉そうだけどおまえなに??神さまですか???」って問いたいよ。それで「あっ、実はそうなんですよ人間の中にこっそり紛れた神なんですよ我」と言ってこない限りはそいつはただの人間で、それなら正しさ100%のはずがない。人間なんてみんな無知で愚かで弱くて、だからこそどうにか生き抜いていくために知識をつけて人に頼って歯食いしばってるのに、その中でたったひとりだけ「いつも正しく迷わず決して間違えない」なんてことあるはずない。

「おまえなんてどこにいってもやっていけない」と言われても、そこに正しさなんてカケラもない。あなたにそう思い込ませたいだけで、背筋を伸ばして去っていく背中を見たくないだけで、どうにか自分の下だと思えるように虚勢を張っているだけで。

うるせぇよ同じ人間なら黙ってろと。呪おうと思ってもそんな言葉受け取ってやらねぇからなと。そう思いながらニシシと笑ってじゃあねと華麗に背中を見せてやれ。どうせ後ろで悔しそうにギリリと唇噛んでるだけだから。

同じ人間。みんな間違えて迷ってフラフラしながら生きてるよ。自分にとって不要な言葉は聞かず触れず関わらず、さぁどこに行こうかなと呪いを振り切り進みたいよね。ちなみにわたしの言葉も同じく他人の言葉。あなたにとってはスッカスカの空っぽの言葉かもしれない。だからこそ受け取るかは自分で選んで、受け取ったとしてもちゃんと自分で咀嚼して、道を選んでいきましょう。

わがままなタンポポ|みじかいおはなし

もう、くたくたの夜だった。

***

 会社に行こうと玄関を開けた瞬間に、トップスにシミがついているのを発見。せっかく、珍しく余裕のある朝だったのに。

 とっくに乾いている干しっぱなしの洗濯物から目のついたものをひっつかんで、慌てて着替えて外に出た。もうなんなの、勘弁してよ。イライラしながら駅に向かう途中で、コーディネートがちぐはぐなことに気づく。

 今日は最悪の日だ。朝の時点で確信して、案の定そうなった。

 電車の中では、知らない人の肘がずっとわき腹に突き刺さって痛かった。仕事では新人がやるようなミスを連発。上司からは「もっと注意して」の一言、見限られたと思って心が震える。

 慰めてくれるやさしい同僚はいないし、ランチに連れ出してくれる先輩もいない。ひとりでコンビニのおにぎりをおなかに詰め込んで、ミスを返上するべく休憩中もデスクに向かった。

 やっと帰宅の時間になり、早くオフィスを出ようとそそくさと荷物をまとめる。ふと聞こえてくるのは、「今日どこの店にする?」と弾むような声。誘われていない飲み会、誰が行くのかは知らないけど、どうして声をかけてくれないのか。けれどたとえ誘われたとしても、心から喜べない自分が想像できてよくわからなかった、自分の感情が。

 朝より込み具合がマシな電車に揺られて家に帰る。目の前に座っている人が立ち上がり、やっと座れると思ったらにゅるりとウナギのように横から入ってきた人に席を取られた。わたしのことが視界に入っていないのか。それとも世界の中心は自分だと思っているのか。どちらにしても理解できない。

 帰り道にあるコンビニでせめて甘いものでも買って帰ろうと、目当てのお気に入りスイーツを探す。ない。売り切れではなくて、昨日までおりこうにおさまっていた場所には違うスイーツがえらそうに並んでいた。ふざけるな、そんなさっぱり系のゼリーなんかで満たされるか。昨日までのトロトロ系のプリンはどうした。

 愕然とした気持ちで外に出る。もうなにもかも悪循環、だめな日だ。くたくただ、そんな夜。

 そんな夜の、お話。

***

「ぼくにタンポポと名前をつけた人間はどうかしてる」

 足元から響いてくる、小さな声で足を止めた。道にはわたしひとりしか見えない。最悪の日の終わりは、幽霊に絡まれて終わるのかとさらにげんなりした。

「もっとかっこいい名前がよかった。ポが連続なんていやだ」

 幽霊はタンポポの名前に文句があるらしい。わたしからすればなんでもいい、早く家に帰って眠りたい。もう深夜だ、明日も仕事だ。なんならあと4日連続で仕事だ。そう思うと吐きそうになった。

 ふらりと足をまた踏み出したとき、さらに声が下から届いた。

「どうして泣きそうなの」

 それは確かにわたしへの問いだった。声にやさしさは含まれておらず、ただ聞いただけの響きだった。下を見る。ふわふわの綿毛になった、小さなタンポポが揺れていた。

「いまの、あんた?」
「そう」
タンポポがしゃべるのは終わってる」
「なにが」
「わたしの脳みそが」

 そこまで疲れているのかと、かすかに残った体力がすべて削られた気がした。タンポポが本来言語を持っていようがどうでもいいが、タンポポの声を聞いたわたしが、周りからどう見られるのか気になった。

 そこまで考えて、思う。

「別に、わたしから誰にも話さないか」
「なにが?」
「べつに」

 タンポポに顔はなかった。どこから声が出ているのかわからなかったが、声が聞こえるたびに、まるい形の綿毛がふわりと揺れた。

 街灯に照らされたタンポポはぼんやり白く、コンクリートのそばにわずかにある土で孤独に咲いているのに、ちっとも気にしていないひょうひょうとした声色で会話を続けた。

「どこに行くの」
「家に帰るんだよ」
タンポポの名前ってどう思う?」
「どうでもいい」
「ふうん」

 どうでもいい、自分の口から出てきた言葉の冷たさに驚いたが、タンポポは特に気にしていないらしい。「夜の風はいいよね」と気持ちよさそうに、ゆらゆら綿毛を揺らしている。

 相手が人間以外なら、わたしは思ったことをこんなに簡単に言葉にできるのかと少し驚く。自分の中には、とんだ冷たい性格のやつが沈んでいるんだな。いつもは隠しているだけで。

「あの、傷ついた?」
「なにが?ぼくの茎はしっかりしたもんだよ」

 そういうことではないけど、傷ついていないならよかった。タンポポが話すことを頭のいい人が知ったら、解剖されて研究されて、このタンポポは壊されてしまうだろうな。話しかけたのが研究に興味がないわたしでよかったねと、心の中で思う。

「どうしてタンポポが話すの?」
「どうしてって?」
「だって話すの初めて見たから」
「じゃあ知れてよかったじゃない」
「そうだけど……」
「夜の風はいいよね」

 また、同じことをタンポポがつぶやく。どの時間帯の風がいいかなんて、そんなこと考えたこともなかったけど。言われてみれば気持ちがいい。適度に冷えた空気がほっぺたを触って、するりと後ろへ通り過ぎていった。

「ていうか、帰らなきゃ」
「どうして?」
「明日も仕事だから」
「仕事だと帰らなきゃいけない?」
「早く寝なくちゃ起きれないから」
「そう」

 帰りたくないなぁ、とわたしの中で誰かが言う。タンポポは少しも寂しくない様子で、「風には個性があるから」とひとりで満足そうにしていた。

 帰ったら眠らなくちゃ、そして仕事に行かなくちゃ。仕事に行ったらまた働いて、笑って、気遣って、そうしてその日を乗り切らなくちゃいけない。

タンポポってさ」

 帰りたくない気持ちがふつふつと強くなり、ついわたしからタンポポに話しかける。返事を返してくれなかったらただの独り言だ。今までのタンポポの言葉、すべてわたしの想像だったらどうしよう。

 そんな不安が出てきたころに、「なに?」とワンテンポ遅くタンポポが反応した。

「ひとりで寂しくないの」
「なにが?」
「話し相手がいないじゃん」
「いま話してる」
「わたしが帰ったら?」
「虫も風も鳥もいる。でも、気分が乗らなきゃ誰もいない」
「どういうこと?」
「気分が乗らなきゃ、誰かいても、誰もいないのと同じ」

 とんだわがままだ、と思った。

「相手に話しかけられたら?」
「ぼくの気持ちが大切でしょう」

 とんだわがままだ、と、思うが。

「ふうん」

 そのわがままは変わらないでいてほしいな、とも思った。

 あぁ、明日も仕事だ。朝起きて支度して、会社に行って挨拶して、働いて働いて働いて、気遣いながら会話して、笑うタイミングを常に探して、疲れて家に帰る日々。

 会社にこのタンポポがいたら、きっと都合が悪くなったら話せないフリをして、スンと澄まして過ごすんだろう。わたしにはそんなことはできないけれど。

「世界のどこかでわがままがいるのは、いいかもね」

 タンポポの返事を待ったけど、もうなにも返ってこなかった。誰もいないのと同じ、の状況になったのか。それとも最初から話すタンポポなんていなかったのか。

 別にどちらでもいいかと思いながら、ふわりと風に揺れるタンポポの姿をもう一度見て、また歩き出した。

 そういえば、どうして泣きそうなのか聞いてきたのはタンポポなのに、結局わたしの答えを促してくれなかったな。聞いた後で、別に興味がなくなったのか。それならそれで、いいか。

 明日また電車の中で誰かの肘が当たったら、バッグで防御しよう。

命を食べる鳥の話|みじかいおはなし

「死にたくなったら、わたしを殺しにきてくれる?」

***

 胸の中に、いつもなにかが詰まっている。ひゅうと息を吸い込んでもうまく通らない。空気のかたまりが、ズリ、ゴリ、と体の中の至るところを削り取りながら落ちている気がする。

 腕をずるりと心臓あたりに差し込んで、きっとドロドロであろうその詰まりを掴み出したい。まっくろで、きたなくて、くさくて、ネバネバしていて、見るに耐えないものだろう。しあわせもやさしさも、体に染み渡る前にそいつがすべて奪って、全部をぐちゃぐちゃに溶かしてしまう。そういうものが、いつもわたしの中にある。

 どこかに逃げたい気もする。けれど、行きたい場所はどこにもなかった。一歩踏み出せたとしても、そこからどこに向かえばいいのかわからず、きっとわたしは止まってしまう。

 なにもかも捨ててしまいたい。でも、捨てる労力をどこから生み出せばいいのかわからない。ただ同じように毎日を過ごすほうが、まだ、頭を使わなくていいからそうしている。

 笑顔の中に毒を飼いながら、みんな過ごしているんだろうか。世界がきれいに見えるときも、わたしにだってあったはずなのに。

***

 のろのろと歩きながら、誰もいない家に帰る。街灯がチカチカと点滅して、あたりを不規則に照らしていた。

「いった......」

 1日中履いていたパンプスのせいで、足がじくじくと痛む。いますぐ脱ぎ捨てて裸足で歩きたいけれど、人の目が気になってできない。なにもかもどうでもいいと思いながらも、人の視線をどこかで気にしている自分もいるのだ。ひょこひょこと不恰好に歩きながら、自分のくだらなさをこうしてまた自覚する。

 チカ、チカ、ジジジ。

 安定しない街灯。揺らぐ光にイライラして、つい舌打ちが出る。馬鹿にされている気がした、街灯にすら。

「しねよ」

 誰に言っているのかわからない言葉は、たいがい自分に向かって飛んでくる。無意識の言葉。空気に溶けて消えてくれると思いきや、そんなやさしくはないのだ、わたしが生きるこの世界は。前に飛ばしたはずの言葉はあっという間に地球を一周して、背後からガツンとわたしの頭を撃ち抜く。

 ジジ、ジ。

 いっそのこといますぐ地面がひび割れて、深く深く底抜けの闇になり、わたしを吸い込んでくれたらいいのに。わたしに関わる記録も記憶も、体ごとすべて吸い込まれて、初めからなにも存在しなかったことになればいいのに。そうしたら、この胸の中のドロドロを感じることだって、なくなるかもしれないのに。

 道沿いにある小さなアパートの窓から、ゲラゲラと笑い声が聞こえる。テレビの声だ、バラエティか。どうして窓を開けたまま見るのか。うるさい。いまのわたしにとって、笑い声は凶器だ。

 またひとつ、舌打ち。

 それが合図かのように、チカチカと不安定だった街灯が一瞬バチッと発光して、次の瞬間には消えた。消えた光は街灯ひとつのはずなのに、なぜか視界に映るすべてが闇になる。

 なにも見えなかった。窓から漏れ出ていたテレビの笑い声も、消えた。

「......は、なに」
「ねぇ」

 突然背後から聞こえた声に、ぞわりと肌が粟立つ。ねぇ。暗闇の中で聞く他人の声に、心臓を握られているような不快感。どうしてなにも見えないのか、停電? そう思ったけれど、ここまでとっぷりと深い闇になるものなのか。星のあかりもない、自分の手のひらすら見えない。人の気配はどこにもなかった。

「よわってるね」

 わたしに言っているのだとわかっていたけれど、聞こえていないフリでやり過ごそうとして唇を噛む。パタパタ、と顔のすぐ横から音がして、ヒュッと思わず息を吸った。

「じゃあ、もらってあげようか」

 じゃあ、もらってあげようか。聞こえた音が言葉だと認識するのに、数秒かかった。じゃあ、ってなに。変質者かと思って心臓が跳ねる。

 ジ、ジジ、ジッ。

 声が出ないほどの恐怖の中で、やっと街灯の光がゆらんと揺らめいて頼りなく復活する。いまだ光は安定していないけれど、まるで自分を救ってくれる神さまのように思えた。

 家に帰りたい、疲れた、暗闇になった理由を探す気力もない。ひたすらに怖い。わからないままでいいから、恐怖から逃げたい。

「聞こえてるでしょ」

 しかしそれは許されず、また耳元でパタパタ、と耳障りな音が響く。かすかな風が髪を揺らして、それすら不快だった。わからないのは怖い。焦って顔をぐるりと回して、あたりを確認する。

「やっと見た」

 パタパタ、と聞こえているのは羽音だった。ふわりふわりと飛ぶのは鳥で、それはわたしの目の前にいて、そこから聞こえる声。声? 鳥が話すなんて聞いたことがない、いやあるか、インコか。それでもこんなに流暢に?

 思考がぐるぐる回る。ぐるぐるぐるぐる、脳みそが破裂するくらいに高速回転して、けれど答えはどこにもなくて、ぐるぐるぐるぐるぐるぐる、プチン! やがてはじけた。

 わからないことが限界を突破すると、人は諦めるらしい。わからないならもうそれでいい、どうでもいい。わたしをこの場から解放してほしい。もう逃げたい。もういやだ。

 そう思って家に帰ろうと一歩踏み出すも、目の前をするりと鳥がすり抜けて、まるで帰るなと言っているように道をゆるやかに塞がれる。

「いやもう、いいから」
「なにが?」
「勝手に話しかけないで!」

 どいつもこいつも、わたしは許可していないのに好き勝手なことをする。話しかけていいなんて言ってない。そんなもの求めていない。

「なにも......」

 笑いかけていいなんて言ってない、指摘していいなんて言ってない。関わっていいなんて、わたしになにか、小さなカケラでも残そうとするなんて。なにもかも許可してない。

「ぜんぶうるさいんだよ」

 ひとりにしてほしいのに、ひとりにされるのも腹が立つ。もう自分が理解できなかった。たくさんの感情がひとつの鍋でぐつぐつと煮込まれて、もとの材料がなんだったのかわからない。

「けっこうきてるね」
「なに、なにが」
「ぼくは鳥だよ」
「......」
「命を食べる鳥」

 いのちをたべる、とり。

 そう話す鳥を、やっとまじまじと見た。全体的に羽は白く、頭の一部分だけ深い青の羽が数枚揺れている。あたりを飛ぶたびに長い青がゆるゆると風にのる。きれいだなと、単純にそう思った。

「命を食べるって、なに」
「そのままの意味だよ、いらない命を食べて育つ」
「いらない......」
「そう思っていたでしょ?」

 鳥の表情なんてよくわからないのに、心の奥底をちらりと覗かれた気がした。いつのまにか、鳥のペースにハマっている。鳥は青い羽を相変わらずきれいに揺らしながら、あっちへ飛んで、こっちへ飛んでを繰り返していた。

「久しぶりだから、浮かれちゃうな」
「なにが?」
「しばらく食べてないからさ」
「......命を?」
「そうそう」

 いつもはチラホラ人が通る道なのに、なぜか人っ子ひとりいない。街灯の光は復活したものの、漏れていたはずのテレビの音が聞こえてこないのも不思議だった。すべてが鳥にコントロールされているような、不気味な心地がする。

「......しにがみ?」
「は?」
「命を食べるって......」
「あんなやつらと一緒にしないで」

 憤慨だ、と言うように、鳥はわたしの頭上をくるくると回った。一緒にしないでってことは、いるの? 死神が? いまここで幽霊や妖怪や魔女が出てきても、もう納得してしまうかもしれない。不気味ではある、怖さもある。

 けれどそれ以上の魅力があった。鳥が食べてくれるものに。

「どうやって、食べるの」


 わたしが聞くと、鳥は一度大きく羽ばたいて、トンと静かに塀にとまった。鳥の青い羽が、ひときわ濃くなった気がする。

***

「痛みはないよ」

 命を食べる方法をわたしが聞いてから、鳥はどことなく機嫌がいいように見えた。ときおりトントンと、スキップしているみたいに塀の上を移動する。

「ぼくが食べ始めたら、君は少しずつ眠くなる。やがてまぶたが落ちて、頭もぼーっとしてくる。痛くはない、安心していい。体が沈んでいくような感覚がして、だいたいそこで意識はなくなる。君はそこで終わり、もうなにも苦しくない」

 まるでカウンセラーのようなやわらかな話し方で、鳥は言葉を続ける。ゆらんと揺れる青い羽を見ているうちに、わたしの気持ちも不思議とないでいく。

「わたしの体は、どうなるの?」
「ただなくなるだけ。ぼくが食べるのは命だけで、器はいらない。ただ消える」
「行方不明になるってこと?」
「ちがう、中身がなくなれば、器は消える。パッとね、空気に溶ける。他のものはぜんぶ、ぼくが食べてあげる」

 ふわ、と鳥が空に飛び立つ。「君の記憶も」宙に浮かぶ鳥は、やさしくささやくみたいに羽をゆるやかに動かした。「君に関する記憶も記録も」ゆら、ゆら。なにもこわくない気がしてくる。

「ぜんぶまるごと、ぼくが食べてあげる」

 青いはずだった羽は、いつのまにか先のほうから赤く染まっていた。青と赤のグラデーション。この世のものじゃないくらいに、きれいだった。

「そう......」
「じゃあ、いい?」
「......うん」

 もういいか、もういいや。なんでも、いいか。考えるのは大変で、気持ちと向き合うのは苦しく、すべてを投げ出すほうがずっとずっと簡単だ。投げてしまえば痛くない。体も心もなにもかも、わたしのものじゃなくしてしまえば。

「べつに、いいや」

 そう呟いた瞬間に、鳥の頭の羽が大きく揺れる。青と赤のグラデーションだった羽は、ズズズ、と赤が侵食していくみたいに範囲を広げて、やがてすべて赤になった。赤を引き立てるように、周りの白の羽が美しく光を反射する。

「目を閉じていてね」

 言われなくても、ズン、とまぶたが重くてもう開けられない。あれだけ鉛のようだった体は少しずつ軽くなり、ふわりと浮かんでいるような心地がする。

 消えるのか、食べられるのか、なんて形容したらいいのかわからないけどいいか、もう。なんだっていい。わたしの記憶も記録もすべて消えて、もうこれで、ドロドロもぐちゃぐちゃもわたしの中から消える。

 家族も友達も、どうせそこまでのつながりではないけれど、わたしが消えたらどうなるんだろう。記憶はないけれど、なにかぽっかり失ったような気持ちになるんだろうか。

「......ないかぁ」

 なにも変わらないか。わたしがいてもいなくても、あなたたちの人生に変化はない。きっとなにも。あぁ、いつもやさしくしてくれたスーパーのおばちゃんにだけはさよならを言ってもよかった。あ、本屋さんのレジのお姉さんにも。いつも淡々ときれいに対応してくれてありがとう、陰ながらあなたのことは好きでした。

 少しずつ頭がぼんやりしてくる。気持ちがいい。これでなにも考えないでいられる。考えたくないことで、頭をいっぱいにしなくてもよくなる。

 あ、本といえば、明日発売の漫画の新刊は読めないってことか。あ、読めないの? もう? そうか、人生終わりってそういうことか......。

 ......じゃあシーズン2まで見終わった海外ドラマの続きもなしか。あ、なし? そういえばシーズン3で敵キャラだったはずのあいつがなんかいい感じになるってSNSのフォロワーさんが話してたけど、それってつまり敵が味方で味方が敵で、そんな感じのおもしろい展開になるってこと? そうか。えぇ、そうかぁ。

「ねぇ......」

 あ、そういえばずっと昔に買ったミニチュアキットもまだ組み立ててない! あれ高かったのに! 組み立てると昭和の縁日ができるやつ、休日にやろうと思っていたのに、強制休日出勤のせいで箱を開けてすらいない。上司を縁日のわなげの景品にしてやろうか。

「ねぇ、ちょっと」

 でも消えるなら、もう、なにもかもいいのか。仕事も行かなくていいし、きらいな人間と関わらなくてもいい。眠いのに起きなくてもいいし、ひとりでいたいときに誰かといなくてもいい。誰かといたいときに、ひとりにならなくてもいい。

 自由って強いんだな、だったら最初から強い人間でありたかった。自分のやりたいことを優先させて、わがままに過ごせばよかった。

 まずはシーズン3を見て、明日発売の漫画の新刊を買って、ミニチュアの縁日を作って......あとは、あとは。

「ねぇ、ぜんぜんだめじゃん!」

 ドン! と頭の中で音がしたと思ったら、無意識にパチリとまぶたが開いた。大きな音だと思ったものは、どうやら鳥の声だったらしい。

 なんだよ、どういうことだよ。ぶつぶつとなにか文句を言いながら、不機嫌そうにあたりをくるくる飛び回っている。

「ちょっと、なんなの? 食べていいんじゃなかった?」
「......え、だから、いいって」
「シーズン3ってなんだよ!」

 不思議な鳥の口、鳥のくちばし? から出てきたシーズン3の言葉に思わず吹き出す。シーズン3はシーズン3だよ、シーズン2の次だよ。

 真っ赤に染まっていたはずの頭の羽は、いつのまにか青に戻っていた。話が違うよ、と不満そうにしながら、鳥はわたしの顔の周りをスルスルとすり抜ける。怒りが増幅してきたのか、しまいにはくちばしでツンツンと頭をつついてきた。

「この世のものを、本人が、手放さなきゃ! ぼくは、ごはんを、食べられないんだよね!」

 つつく動作に合わせて、苛立ちのこもった言葉が頭の上から降ってくる。

「い、いた、いたい」
「なんだよ、久しぶりにいけると思ったのに」
「だ、だめだった?」
「もっと空っぽじゃないと」

 やれやれ、と呆れたような口ぶりで、鳥はまた羽を大きく羽ばたかせた。チカチカと、街灯が点滅を始める。

 チカチカ、ジジジ。

 街灯の周りを少しの間飛び回った鳥は、やがてトン、と街灯に降り立ち、わたしを見下ろした。

「まだ、ぜんぜんだめだね」
「そう、なんだ......」
「おなかへったなぁ」
「あの、でも」
「なに」
「......呼んだらまた来てくれるの?」
「あのさぁ、便利屋じゃないんだよ」

 不服そうな鳥の話し方が、なんだかかわいかった。

 鳥がわたしの命を食べようとしたとき、わたしはただ気持ちがよかった。あたたかな布団の中で、ぬくぬくと眠りに落ちる心地だった。

 シーズン3や漫画の新刊で眠りを妨げてしまったけれど、それでも、なにもかもいらなくなったときにまた、この鳥に来てほしいと思った。遠いのか、近いのか、自分でもわからないその未来にまた。

「ぼくが来るのは、命を食べるときだけ。それ以外にいくら呼ばれたって来ないよ、めんどくさい」
「じゃ、じゃあ」

 チカ、チカ。街灯が点滅するたびに、不思議とこの鳥との別れが近づいているとわかった。もう行ってしまう、わたしの命を食べてくれる鳥が。終わらせてくれる鳥が。

 命を繋ぐのは大変だ、とても疲れる。シーズン3を見終わったら? 漫画の新刊を読み終わったら? ミニチュアを作り終わったら? そこで満足してしまったら、わたしは次になにをすればいいんだろう。

 少し先の未来さえ怖い。考えられない。目の前のことでいっぱいいっぱいのわたしに、将来のことなんてわかるはずもない。とうとうなにもなくなったときに、自分の力だけで終わらせる自信はない。

「......死にたくなったら、わたしを殺しにきてくれる?」

 パッと街灯から飛び立った鳥は、静かにわたしの近くまで来て、その羽でわたしの頬をするりとなでた。わたしに対してのやさしさはない、淡々とした声が届く。

「殺すんじゃない、食べるだけ」

 チカチカ、バチン! 街灯の光が消えて、またやってくる暗闇。怖くはなかった。これが鳥がやってくる合図で、そして帰っていく合図だと、もうわたしはわかっていたから。

 暗闇の中で、鳥の声があたりに反響するようにわたしの元に届いた。

「食べてほしくなったら、ぼくを呼びな」

 バサバサ、と羽音が遠ざかる。「あ」ふと思い出したように、最後に少しだけ馬鹿にしたような声。

「シーズン3は見ておいてよ」

 それ以上、もうなにも聞こえなかった。

***

 やがて街灯は思い出したように光を復活させて、チカチカと不安定に揺れることもなかった。開けられた窓から流れてくるのは、テレビのバラエティの笑い声。道の真ん中でぼんやり立っているわたしを、通行人が迷惑そうに抜かしていった。

「......コンビニ、行くか」

 今日は、夜更かししよう。コンビニでお菓子を買って、お酒も買って、まずは海外ドラマのシーズン3をすべて見よう。眠くなければミニチュアを朝までかけて作って、そのあと会社に電話しよう。今日は風邪で行けません。それから夕方までたっぷり寝て、本屋に行って、ほしかった漫画の新刊を買おう。

 読み終わって、あぁもうこれでいいやと本気で思ったら、また呼ぼう。あの鳥を。

 いつでもこの世とおさらばできると思ったら、こんなに心強いことはない。いつだっていい、消えたいと思ったときがそのときだ。怖くなったら、悲しくなったら、不安になったら。もういいやと思ったそのときに、また会えるってことでしょう。

 いつでもいいなら、それまでは。今やりたいことをわがままに、自分勝手にやってみるのも悪くない。

「また今度ね」

 どこかで命を食べる鳥。きっとまた会える鳥。また会う日まで、さよならね。

「人見知り」の使い分け

言葉は魔法だ。パワーがある。

言葉に宿ったなにかしらのよくわからないパワーは、口に出した瞬間に自分を包み込んで、よくもわるくも自分を変えてしまう。

それがわかっていれば、魔法は使い勝手がいい。ひょいと口から出すものを選んで、欲しいパワーを身にまとえばいい。


私がよく使うパワーが、「自分人見知りなんで…」と「人見知りぜ~んぜんしない!」である。ふたつの中から、そのときの自分に必要なものを選んで使う。

会いたかったよ~やっと会えたよ~この人たちとは仲よくしたいよ~!!!と思う人たちと、さぁ対面だ!!となったとき、うまく話せなかったら悲しい。悲しすぎる。自分のことをちゃんと知ってもらいたいし、相手のこともちゃんと知りたい。言葉のキャッチボールでミスしたくないし、なんだこいつ……と引かれることは絶対に避けたい。

そんなときは、「人見知り?ぜ~んぜんしない!!人見知りのひの字もない!人類みな友達でラブ&ピースうぇいうぇいイェ~~~~イ」と頭の中で思う。もしくは本当に口に出す。そうすることで、言葉のパワーでまじでラブ&ピースが自分に乗り移った気分になる。人類みな友達!!世界に幸あれ!!の気分になる。

私はライターとしてインタビューをすることもあるので、そういうときにこのアホみたいな言葉がとても役に立つ。言葉のノリがアホなので、いざ話すときもあまり緊張しなくなる。だってアホだから。アホは自分がアホなことを言っても気にしないので、アホのごとく自分が話したいことを話せるし、聞きたいことを聞ける。「これを言ったら相手にどう思われるだろう……?」とは思わない。なぜならアホだから。

アホは強い。みんな一緒にアホになろう。


反対に、この人たちには別に興味ないや、話したいとは思わないや……というときに使えるのが、「自分人見知りなんで……」である。

具体的な使用例を説明する。例えば、先日わたしの夫が「友達とオンラインゲームしたいんだけど、いい?」と聞いてきた夜のこと。え~~さびしい。夜は一緒にテレビ千鳥を見たりPS4アンチャーテッドをやる時間じゃん。そう思ってスネ夫になっていると、夫が「ヘッドホン外せば、みんなで一緒に遊べるよ。音声聞けるし」と言ってきた。

無理である。「友達の友達は友達」のノリが通じる夫だからこその発言だが、わたしは無理である。「友達の友達は他人」と思っているわたしにとって、夫の友達はただの他人なわけだから、大変申し訳ないのですが興味もなければ話したいとも思いません。ごめんなさい…………とはさすがに言えなかったので、そこで使ったのが「いや、自分人見知りなんで……」である。

「人見知りなので、大変申し訳ないのですが、上手に会話ができないと思うので、遠慮させていただきます」を「いや、自分人見知りなんで……」にまとめて詰め込んで、そそくさとiPadを取ってきてアマプラでセーラームーンSをひとりで見た。まだネフライトさまを忘れられない。一緒にチョコレートパフェ食べるって言ったのに……。

そんなこんなで、言葉の魔法はすごいよというお話でした。今後も積極的に使っていきたい。