3月6日:にじむ夜景、温泉、ほぐれる心身

熱海に来た。生後8か月の赤ちゃんとのはじめての旅行。産後の腰痛がなかなかしぶといので、わたしの湯治もかねて近場の熱海でゆっくり養生しようとなった。お風呂だいすき。温泉だいすき。前日は楽しみでなかなか寝付けず、若干の寝不足で新幹線に乗った。

大量のおしっこでおむつが決壊して、赤ちゃんの服とわたしのデニムにじんわりおしっこのシミができるハプニングがありつつも、無事に熱海に到着した。(ちなみにおしっこは持っていたペットボトルのほうじ茶を少しだけ染み込ませてタオルで吹いた。これでノーカン)

きれいな海や、やさしい旅館の中居さんや、おいしいごはん、その他もろもろありつつも、とにもかくにも夜景を眺めながらの温泉が最高だったのでそのことだけをこの下に書く。

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お布団ですやすや眠る赤ちゃんを夫に任せて、夕食のあとにひとりで大浴場へ。まだ寒さの残る3月の夜。シャワーで体を流して、いそいそと露天風呂に向かう。まだ温まっていない体を夜の風がひんやり包む。さむいさむい、と身を震わせながら湯気がふわふわただよう温泉にちゃぷんとつかる。はぁ、あぁ、あったか〜い。そこまで重さのないさらりとした温泉が肌にやさしく寄り添う。

温泉につかりながら、視線をスイと上げる。目の前には熱海の夜景。夜の闇をうつしたどっぷりと暗い海の上、海岸線の向こうにあまりにも美しい街の灯り。

視力が悪いわたしは遠くの細かいところがよく見えない。入浴時はメガネもコンタクトも付けないので当然夜景もぼんやりとにじむ。けれどそのぼんやりさの、なんてきれいなこと! 視界いっぱいに水彩画で描いた花火があるようで、まるで夢のような景色で、あれ熱海ってこんなにきれいなんだっけ? と熱海に失礼なことが頭に浮かんでくるほど。(熱海は温泉も海もおいしいごはんもあるすばらしいところです)

太陽がのぼるまで消えない夜の花火。輪郭がじゅわりと暗闇に溶けたわたしだけの花火。温泉の湯気がふわふわとその花火に重なって、やがて空に消えていく。

目を閉じる。音を聞く。かけ流しの温泉がチョロチョロと流れる音。どこかで動く機械の音。体の力を抜いて温泉にすべてをあずける。背中、お尻、足、ふわりと浮かぶ。体の力が抜けて、心もほぐれ、あぁもういいや、なんでもいいや……の気持ちになってくる。

明日からまたがんばろうとか、悩み事なんて小さいとか、そういう前向きなそれではなくて、まるで頭の中まで温泉が流れ込んで脳みそをぽかぽかにあたためて、とろけさせ、そのせいなのかおかげなのかもういいや、なんだってもう……こんなに気持ちいいならもう、どうだってなんだって、あ〜あ、いい気持ち……って、そんな感じに、なっていって…………

やがて「さむいさむい」「冷える冷える」と楽しげにしながら、2人組のお客さんが入ってきた。すべらないレベルのできる限りの駆け足で、露天風呂にちゃぽんと入ったその人たちの「は〜あったかい」。そして見事な夜景に一言。「最高だね」。

心の中で同意する。ほんとほんと、最高だね。もうなんにもどうにも、なあんだっていいよね。